〔1〕
アジサイ寺に行ってきた/伝えたかった 美しさ/今年のアジサイ 美しい//
生きてることは 辛いこと/生きてることは 愉しいこと//
辛さを半分 分かち合い/愉しさ倍に するために/
あなたに会いたい 今すぐに/あなたに会いたい 今すぐに//
話してください 愉しいこと/話してください 辛いこと/
あなたの話 もう聴けぬ/あなたの話 もう聴けぬ//
今年のアジサイ 美しすぎて/今の僕には 辛すぎる//
僕は名前を 名乗らずに/君の前に たてたのに/
今となっては もう遅い/今となっては もう遅い//
頑張り過ぎず 生きている/のんびり屋の 僕だから/
君の気持ち 分からない/君の辛さ 分からない//
君の中に 僕をみる/忘れた自分が そこにある/
君に誓う ゆっくり生きると/君に誓う ゆっくり生きると//
今年のアジサイ 美しすぎて/今の僕には 辛すぎる//
君は辛さに 耐えていた/僕に辛さを 言いなさい//
君は辛さを 言っていた/それに気づかぬ 僕だった//
もう一度 ブログ読みました/もう一度 ブログ読みました/
受け取ること できなかった/心の叫び 響いてた//
今となっては 遅すぎる/今となっては 遅すぎる/
自分を責めても 始まらぬ/誰を責めても 始まらぬ//
〔2〕
アジサイ寺に 行ってきた/伝えたかった 美しさ/今年のアジサイ 美しい//
君の悩みは 永久(トワ)の中/一人で悩む 君だった/
心の約束 するために/君に会いたい 今すぐに/
今となっては 遅いけど/気づくのが 遅かった//
指切りは もうできぬ/心の約束 もうできぬ/
生きると 誓ってほしかった/たとえ どんなに辛くとも//
今年のアジサイ 美しすぎて/今の僕には 辛すぎる//
君のこと 想うと/涙が 止まらない/
君の笑顔 想うと/涙が 止まらない//
何があっても 許される/何があっても 受け入れる/
どんな君でも 受け入れる/生きてるだけで それでいい//
どんな君でも 許される/どんな君でも 受け入れる/
ただ、そばにいてほしい/生きてるだけで それでいい//
今年のアジサイ 美しすぎて/今の僕には 辛すぎる//
辛いという言葉 嫌だった/笑って隠す 君だった/
辛くても いつも笑顔を絶やさない/そんな君が 好きだった//
心の休息 与えたい/アジサイ色を 教えたい/
僕の想いを 伝えたい/君への想い 伝えたい//
君に気持ちを 伝えずに/時は流れゆく 永遠に/
ジュテーム言わない この僕を/許してほしい いつまでも//
〔3〕
アジサイ寺に 行ってきた/伝えたかった 美しさ/今年のアジサイ 美しい//
選んだつもりが 選ばれた/選ぶ世界は 別にある/
君は仮面 つけていた/皆を心配させない ためだった/
君の笑顔は 隠してた/泪の痕を 隠してた//
君は強いと 思ってた/僕は弱いと 思ってた/
素敵な笑顔を ありがとう/素敵な思い出 ありがとう//
今年のアジサイ 美しすぎて/今の僕には 辛すぎる//
君は開いた 永遠の扉/君は 君であり続けて/
君の時間は 止まってる/君はもう 歳とらぬ//
君への想い 変わらぬままに/時間のみが 去っていく/
君の面影 変わらぬままに/時間のみが 去っていく//
君のこと 泣く場所ほしい 君のため/
君のこと 泣く場所ほしい 僕のため//
今年のアジサイ 美しすぎて/今の僕には 辛すぎる//
君はパッション 生きてる証/身近に感じた 君のこと/
抱きしめたい 君のこと/抱きしめたい 君のこと//
僕の鼓動を 聞かせたい/腕の力を 感じなさい/
君は守られている 腕の中/そっとしなさい 腕の中//
抱きしめて聴きたい 君のこと/抱きしめて聴きたい 君の全て/
どんなに辛いと 想っても/話せば 半分楽になる//
〔4〕
アジサイ寺に 行ってきた/伝えたかった 美しさ/今年のアジサイ 美しい//
イフ(if)がいくつあっても 足りないけれど/イフ(if)がいくつあっても 帰らぬ君だけど//
たった一度の 人生だから/失敗するのは 当たり前/
たったの一度の 人生だから/辛さは 日記にしまい込め//
もっとあなたの 笑顔ください/もっとあなたの 涙ください/
君の側(そば)に 僕がいる/心ゆくまで 休みなさい//
今年のアジサイ 美しすぎて/今の僕には 辛すぎる//
テレビの姿は 虚構だと/誰もが みんな知っていた/
心許せる友 いれば/一時(いっとき) 休まることもある//
心許せる人 あれば/花は 毎年咲くものと/
伝えてほしい この言葉/伝えてほしい この想い//
心許せる人 いれば/君の泪を 拭くものを/
たった一人で/泣くなんて//
今年のアジサイ 美しすぎて/今の僕には 辛すぎる//
心の叫び 届かない/頑張り過ぎの 君だから/
心で叫べば 聞こえると/言葉に出さずに いたけれど…//
ブログで どんなに叫んでも/ブログで どんなに叫んでも/
誰も信じなかった/この僕も//
信じなかった 訳じゃない/そんなに素直に 言うなんて/
誰も 信じなかった/この僕も//
頑張らないで/真剣に 生きないで/力を抜いて 生きようよ/
時間に色が あるのなら/今年はアジサイ色 永久(トワ)の色//
〔メインテーマ〕
ブログに 季節想って綴った アジサイ/
一緒に アジサイ寺に行ったなら/
もっと、アジサイ好きになったかもしれない 貴女/
イフ(if)の一つになったかもしれない//
(2008.06.22)F
〔コメント〕
2008年5月26日に川田亜子さんが亡くなった。
TVでよくお見かけしたアナウンサーである。
アナウンサーの趣味や資格を紹介した欄に、「将棋」「仏検」とあったのを記憶する。それゆえ、注目していた。TBS時代に、「がっちりマンデー!!」ないしその前身である「儲かりマンデー!!」という番組で、外国の株式・債券?を買う際に、窓口で30万円前後の現金を引っ張り合う映像を思い出す。儲かりますと言われて投資して、実は大損してしまうんじゃないかいう心情が見事にあらわされていた。メインキャスターの加藤浩次が言った、局アナなんでしょ、信じられない。この光景が印象的である。
その後、我が家のTVが壊れて、修理も買い替えもしなかったので、フリーになったのを知らなかった。華やかなモデルさんのような仕事ぶりも知らなかった。
ブログを拝見したのも、YouTubeでいくつかのTV放映されたビデオを拝見したのも、そのほとんどが、実はお亡くなりになってからである。
「安藤優子さん・櫻井よしこさん」を目標として、その類の仕事を選択したかったようである。それなら、TBSに留まって、記者になる道はなかったのか?日テレの木村優子さんやテレ朝の龍円愛梨さんのようにである。
死については、衝撃的であった。練炭自殺が事実だとして、誰もが止めえたようにも思えた。死によって、イメージの世界とリアルの世界とが結びついた。
ネットなどのイメージの世界では、虚構が増幅した。ネットで誤りが訂正されないのにも、驚かされた。自殺した→大変なことがあったからだ→自分が大変だと思うようなことをしたり・されたりしたのではないか→それでないと人は自殺しないと思う→……。ネットから普段は一蹴してしまうような情報を取り出し、それを増幅する。
ところが、6/6発売のFriday(*1)の写真など週刊誌と、警察が動かなかったこと?と、精神科の医師のコメントを載せたブログとが、事態を沈静化させる方向に向かわせた。私を含めてである。すなわち、谷口元一氏の写真および川田さんの父親のコメントと、「彼女(=川田亜子さん、引用者注)は練炭を前もって江東区内で購入していた」(*2)ことと、鬱(ウツ)の対処を誤ったという見解とである。いや、違うかもしれない。みんなの関心が薄れただけかもしれない。
小さな積み重ねが、彼女にとって厭なことの小さな積み重ねが、彼女を迷路に押しやったのかもしれない。彼女の気持ち(ストレス)の捌け口が、何か必要だった。そう思えてならない。
仕事の予定をゼロにして、身体を休ませることができたなら、「あるいは」とは思う。
接点がなかった人なのに、TVでしか観たことがなかった人なのに、何故か涙が止まらない。
今年のアジサイが最も美しく咲く時期、その時期の直前に逝ってしまった貴女に、この詩・詞を捧げます。
謹んで、ご冥福をお祈りします。
追記
川田亜子さんのブログにアジサイの記載があったように思って、それをメインテーマとして詩歌を作成した。初めての作詩・詞である。今、ブログを再度読み返しているが、それが見つからない。あるいは、そう思い込んでしまったのかもしれない。
参考
1)サイト「川田亜子さん・自殺?まとめ」
2)楽天ブログ『神楽坂系「癒しの広場」』神楽坂横
3) 〃 『大学職員の「非まじめ」日記』和1号
4)朝日新聞20080526夕刊
日経新聞20080526夕刊
週刊サンデー毎日20080615
週刊朝日20080613
週刊ポスト20080613
週刊現代20080614、20080628
週刊新潮20080620
週刊文春20080605、20080612(*2)、20080619
FRIDAY20080620(*1)
5)その他 サイト、ブログ多数
(20080624)NF
■日付 2008年6月24日(火)
■タイトル 追悼 川田亜子さん(1)「今年のアジサイ美しすぎて」
■楽天ブログ 「つねすけ日記」にて発表
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